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夢こうろ染(2) 〜奥田祐斎先生との出会い~

2016.01.01 夢こうろ染

黄櫨染(こうろぜん)
天皇しか着用する事が許されない日本最高位の染めで、それにより作られる着衣は重要な儀式の時のみに着用される第一礼装として国風文化が発達した平安時代に定められた。
紀元前から世界では紫が最高位の色として定められ、日本でも聖徳太子の時代に冠位十二階の一番上位の色となった。それが突如黄櫨染が最高位の色となったのである。
何が特別なのだろうか。
それは、太陽の光を当てる事で色が変わる表面、そして光を透過させる事で宝石のように輝くことにある。
室内で見ると金茶色の布に太陽の光が当たる事で、赤茶色へと変わり全く違う輝きを放つ。
そして、光を透過させると、まるで日本の太陽を連想させる茜色と変わる。
光線具合によりこれほどまで趣を変える染めを10世紀以上も前に作り上げた日本。
2008年、日本とフランスの国交150周年を記念してフランス・パリのルーブル美術館で行なわれた「感性Kansei Japan Design Exhibition」では、この黄櫨染を調査・研究し、現代へ新たな形で『夢黄櫨染(ゆめこうろぞめ)』としてよみがえらせた染色作家、奥田祐斎先生の作品も展示され、来場者からはこのような声が聞かれたという。
「1200年前からこんな宝石みたいなものが作られていたのか、という事に驚いていました。逆光線の赤や太陽によって色が変わるもの。世界に他には無いものだという事に惹き付けられていましたね。」
事実、50程あったブースの中でも一番多い人が足を止めたという。
奥田祐斎先生は理由をこう考える。「世界にも日本にも色が変わる布はありますよ。玉虫織りは織りによってその効果が作られ、角度によって見え方が変わるもの。しかし、黄櫨染のように、宝石のように輝きが変わるものは唯一のものでしょう。」
夢こうろ染
しかし、元々は布の染色技術。それがランドセルとどのようにつながっていったのであろうか。
実は工房主の長男、一暢がつないだ縁であった。知人を介し、奥田祐斎先生の京都・嵐山にある工房において、一年ほどものづくりの現場を見て、考え方を学ぶ機会を一暢に与えられた。
その縁が、世界で唯一の技術を用い革が使われた、他にはないデザインのランドセルの誕生へとつながっていったのである。

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