鞄工房山本の工房主、山本一彦が3人の子どもたちに受け継いだオリジナルのランドセル。これには現在のランドセルではあたりまえとなったブロンズ調の金具やスティッチの装飾など、新しい試みがいくつか取り入れられていた。
現在の流行を作ったきっかけとなったランドセル
「世界にたったひとつだけのランドセル」
それは究極のオーダーメイドだろう。しかも、ランドセルをつくっている父から子どもたちへ、想いの詰まった作品。実はその想いが、お客様が今手にしているランドセルにも通じているのである。
当時は百貨店など向けのランドセルづくりをしていた。そして、ランドセルの色と言えば黒と赤しかない時代。
長男の一暢の好きな色が紺色だというので、それでつくろう、そして「誰にも持てないようなランドセルを」と思ったのがきっかけだと、工房主の山本一彦が言う。
コバ塗りかぶせはもちろんの事、当時はランドセルとしてあまり無かった紺色のコードバンでつくった渾身の一作。

長男・山本一暢
「金具は当時、銀がほとんどだったんですが、ブロンズが使われていたんです。他の子どもは金、って言っていましたけどね。それをみて『なんやこれ』なんて言われましたが。そんな気恥ずかしさはありましたけど、やっぱりうれしかったですし、大事にしましたね。」と、一暢は振り返る。
年子の次男にも同じようなランドセルがつくられた。作文にも「世界でたったひとつだけのランドセルがふたつになった」と書いたエピソードも。
その次男のランドセルに使われたブロンズの金具は「アンティークブロンズ」として今のランドセルにも用いられるようになった原型だ。

アンティークブロンズはこのランドセルが始まり。
十数年前は他のランドセルメーカーでは使われていなかった素材が、ここ数年徐々に使われだした。つまり流行を作ったランドセルとも言えるのだ。
「真鍮ブロンズと言うのは金具屋さんに言わせると変色しやすいのでランドセルには薦められない、と言われたんです。」と父であり工房主の一彦が言う。金具に日々指が触れるという事は、塩分や水分などがつきやすいという事。
そこで、工房主としての血が騒いだのであろう。金具屋と試行錯誤を重ね、コーティングの焼き付けを重ねる事で変色を限りなく遅くすることが出来て、今や様々なメーカーでも、もちろん鞄工房山本のランドセルでも見る事が出来る金具となったのだ。
新しいデザイン
金具だけではなく、デザインも同様に少し先を行くものを取り入れたのが、山本自身の子どもたちの為につくった世界でたったひとつのランドセルであった。
長女のランドセルはローズピンクのコードバン。もちろん、他ではやった事のないものを取り入れようと挑戦をした、と、工房主は言う。
その頃はオーダーメイドランドセルをつくっていた時代。しかし、ハート形のステッチは誰もやっていなかった。
「自分で考えてやってみたんです。それを見たお客様が、自分の子どもにも、という事でオーダーメイドのオプションとなり、今のランドセルのデザインにも取り入れられています。」
娘への父からのプレゼント。そうしてつくられたランドセルのデザイン。
同じ想いで今あるランドセルもつくられているのだと言う。
娘とともにコスモスの本革モチーフを作成
常務であり、母である加代子にとって、ランドセルづくりを目の前で見てきており、そして子どもが使っていた事もあり、その品質は自信を持ってお客様に伝えられる、と言う。
「でも、他のお母さんたちと同じ気持ちで健やかに育ってほしい、という想いでしたね。」

販売されている製品にも数々の挑戦が受け継がれている。
6年間大事に使ってほしい、そして健康であってほしい。そんな想いを投影したのが鞄工房山本のランドセル。
「少々乱暴に扱っても大丈夫なようなつくりである自信はありました。でも三人とも大事に使ってくれましたね。それが展示されてますけど。」
そう、奈良の店舗には6年の間に多少のキズがついたりしながらも、まだまだ使えそうなほどシャキッとしているランドセルが置かれている。
お客様に見てもらえるほどの自信を持ったランドセル。それは自身の子どもたちのためだけのものではない。
「オーダーメイドではなくても、オリジナリティあふれる商品を出していけるので、今はオーダーメイドはやらないんです。」と工房主が言った。もちろん、機能や耐久性はこれまでで証明済みである。
もし、次に「世界にたったひとつだけのランドセル」をつくるとすると、と質問すると工房主はこう答えた。
「孫のためになるでしょうが、その時の最高のランドセルにひと味加えたものをつくるでしょうね。そのときになってみないとわからないですが。」
道具へのこだわり
工房主・山本一彦のもつこだわり。そのひとつに道具がある。
「ゴルフに凝った時期があったんです。その当時は木製のウッドだったのですが、木目にものすごくこだわりまして。この木目ならうまく飛びそうだな、とか色々考えて比較して。」
もちろん、その木目のパターンによる飛距離を想像するだけではなく、その美しさも見ていたそうだ。
そして、長男の一暢が魅了されるもの、それも道具である。アーティストのつくり出す道具というのがものすごく好きだと言う。
工房主が昔から使い続けている道具。
そして、自身が使う道具にもこだわるそうだ。
「余計なものはいらないんですよ。必要なものを必要なだけという考え方ですね。アルミと鉄のフライパンとか。」
そうやってつくるのはイタリア料理。そんなこだわりは父譲りだと本人も認める。

工房内の木材なども工房主のこだわりのひとつ。
次男は父の行動力とのめり込み具合を受け継いでいる、と一暢。
「高校時代はアメリカンフットボール、大学以降はウィンドサーフィンをずっとやってますね。」そして、その結果が国体選手として大学時代などに選ばれるほど。それは、父の研究熱心さと同じ。
長女は、と言うとダンスやドラムと言ったリズムのセンスを必要とする事にのめり込んでいるそうである。
ランドセルづくりでは、ひとつひとつの作業に欠かせないのがリズム。一彦の行なう作業は極めてリズミカルなのだ。
そして、子どもたちにも親にも共通しているのは、「感覚が研ぎすまされている」という事。フライパンを振る力加減、セイルやボードを操る加減、ダンスやドラムでの動き。そして、革の善し悪しを判別する感覚や機械を操る動き。
そのこだわりと感覚がなければ、鞄工房山本のランドセルはなかったであろうし、小学校の6年間を安心して使ってもらえるランドセルにもならなかったであろう。